透析療法を知ることから始める―日常生活と定期検診で知っておきたいこと
「もし腎臓の機能が弱ったら、どうなってしまうのだろう?」
慢性腎臓病(CKD)は、誰にとっても他人事ではありません。特に、糖尿病や高血圧、肥満といった生活習慣病を抱える人が増えてくる40〜50代は、腎機能が静かに悪化していくリスクが高まる世代です。
しかも腎臓は「沈黙の臓器」。
症状が出る頃にはかなり進行していることも珍しくありません。
最終的に、「人工透析」という生活の大きな変化を余儀なくされる可能性もあります。
本記事では、
- ・ 透析が必要になる仕組み
- ・ 透析生活のリアル
- ・ 透析を防ぐために今できること
をわかりやすく解説します。
あなた自身と、あなたの大切な人を守るために、今日からできる一歩を一緒に踏み出しましょう。
そもそも透析とはどんな治療?
腎臓は私たちの体内で、
- ・ 老廃物を体外に排出する(尿をつくる)
- ・ 体液や電解質バランスを保つ
- ・ 血圧をコントロールする
- ・ 赤血球をつくるホルモン(エリスロポエチン)を分泌する
- ・ 骨の健康を支えるビタミンDを活性化する
など、生命維持に欠かせない働きを担っています。

しかし慢性腎臓病(CKD)が進行すると、これらの機能が低下し、体内に老廃物や余分な水分がたまってしまいます。
この状態を放置すれば、命に関わる事態を引き起こします。
このとき、腎臓の代わりをする治療が「透析療法」です。
【透析には主に2種類あります】
・ 血液透析(HD)
血液を体外に取り出し、専用の機械で老廃物や水分を除去して体内に戻す方法。
・ 腹膜透析(PD)
お腹の中(腹腔)に透析液を注入し、腹膜を通して老廃物を除去する方法。
透析治療は基本的に一生涯続く必要があり、生活全体に大きな制限が生じます。
透析患者さんの1日(50代会社員男性の場合)
透析を始めると、生活はどのように変わるのでしょうか?
ある50代会社員男性の1日を例に見てみましょう。
時間帯 | 活動内容 |
---|---|
6:30 | 起床。体重・血圧を測定し、塩分控えめの朝食を摂る。 |
7:30 | 出勤。駅まで歩くことを日課にし、軽い運動を兼ねている。 |
9:00〜17:00 | 会社で勤務(デスクワーク中心)。昼食は弁当持参。水分摂取は計量して制限。 |
17:30 | 退勤後、透析クリニックへ直行。 |
18:00〜22:00 | 透析治療(週3回)。読書や動画視聴で時間を過ごす。 |
22:30 | 帰宅。軽食をとることもあるが、遅い時間の食事には注意。 |
23:30 | 就寝。 |

このように、週3回、1回あたり4〜5時間の透析治療が、生活の中心になります。
【透析により制限される日常】
- ・ 飲水量の厳格な制限(むくみや心不全予防のため)
- ・ 食事制限(カリウム、リン、塩分、水分量を厳密に管理)
- ・ 旅行や出張の自由が制限される(透析施設の確保が必須)
- ・ 感染症リスクの上昇(特に血管シャント部位の感染に注意)
つまり、「仕事」「趣味」「家族との時間」を以前と同じように楽しむためには、多くの工夫と努力が求められる生活になります。

日本では透析患者数が年々増加しており、2022年末時点で約34万人に達しています。特に新規導入患者の原因疾患の第1位は「糖尿病性腎症」であり、生活習慣に起因するケースが非常に多いのです。
さらに、透析患者さんの平均年齢は69歳ですが、40代後半から透析を開始する方も珍しくありません。
つまり、今40代・50代の私たちが「まだ先の話」と油断していると、数年後には透析が現実のものになる可能性が十分あるのです。
透析を回避するために、いまからできること
透析に至るリスクを下げるためには、腎臓への負担をできるだけ減らす生活を、早期から意識して取り入れることが大切です。 まずは、自分の現在の腎機能を正しく知ること、そして必要に応じた生活改善を実行することが鍵となります。

【まずは年1回の健診・尿検査を!】
慢性腎臓病(CKD)は、初期には自覚症状がほとんどありません。
そのため、気づかないまま静かに進行し、気づいたときにはステージが進んでいるケースが非常に多いのです。
忙しいから、症状がないからと放置していると、腎機能の悪化に気づけないまま、取り返しがつかない状態になってしまうかもしれません。
特に以下のリスク因子がある方は要注意です。
- ・ 糖尿病
- ・ 高血圧
- ・ 脂質異常症
- ・ 肥満(BMI25以上)
- ・ 喫煙習慣
【脱水を防ぐための「こまめな水分補給」も大切】
腎臓の健康を守るうえで意外と見落とされがちなのが「脱水」です。体内の水分が不足すると血流が低下し、腎臓への血液供給が滞ってしまうため、腎機能が一時的に低下する危険があります。
特に注意が必要なのは以下のような場面です:
- ・ 夏場や運動後の発汗が多いとき
- ・ 高齢の方で、夜間にトイレに行くのを嫌がって水分を控えている場合
- ・ eGFR(推算糸球体ろ過量)がすでに低下し始めていると医師に言われている方
これらに当てはまる場合は、喉の渇きを感じる前に少量ずつ水分を摂る「こまめな水分補給」を習慣にしましょう。また、日中に十分な水分を摂り、夕方以降は量を少し控えめにするなど、自分に合った摂り方を工夫することで、夜間のトイレ負担を減らしつつ脱水を防ぐことができます。
定期検診でチェックすべき重要な項目
慢性腎臓病(CKD)の早期発見には、年1回の定期検診が非常に重要です。
とくに、以下の検査項目を意識してチェックしましょう。
【尿検査:蛋白尿と血尿】
・ 蛋白尿
尿中にたんぱく質が漏れ出る現象で、腎臓のろ過機能低下を示す重要なサインです。
日本腎臓学会のガイドラインでは、尿蛋白1+以上(約30mg/dL以上)が持続する場合、慢性腎臓病の診断基準に該当します。
・ 血尿
尿に血液が混じる状態で、腎炎や尿路系疾患の可能性を示唆します。
目に見える血尿(肉眼的血尿)はもちろん、顕微鏡レベルの血尿(顕微鏡的血尿)も重要な異常所見です。
【血液検査:eGFRと血清クレアチニン】
・ eGFR(推算糸球体ろ過量)
腎臓が老廃物をろ過する能力を数値化した指標です。
【KDIGO 2024】によると、eGFRの基準値は以下の通りです。
eGFR値 | 解釈 |
---|---|
90以上 | 正常範囲 |
60〜89 | 正常〜軽度低下 |
60未満 | 慢性腎臓病の疑い(注意!) |
・ 血清クレアチニン
筋肉代謝産物であり、腎機能低下に伴い血中濃度が上昇します。
単独では個人差(年齢・性別・筋肉量)が大きいため、eGFRと併せて評価します。
【血圧測定】
- ・ 高血圧は、腎機能をさらに悪化させる最大の危険因子のひとつです。
- ・ 日本腎臓学会ガイドライン2023では、CKD患者における目標血圧を130/80mmHg未満としています。
- ・ 毎日の家庭血圧測定(朝・夜)が、最も有効な管理手段です。
おわりに:腎臓を守るために、今日からできること
透析生活はたしかに制限がありますが、工夫と正しい知識があれば充実した毎日を送ることが可能です。家族との時間、仕事、趣味も、バランスの取れた生活設計で楽しむことができます。
そして何より大切なのは、透析に至る前に病気を見つけること。
「まだ症状がないから大丈夫」
「仕事が忙しいから健診は後回し」
そんなふうに思っていませんか?
腎臓病は、沈黙の中で静かに進行します。
透析が必要になってからでは、元には戻れません。
だからこそ、40代・50代のいまこそが、
未来の健康を左右する一番大事なタイミングです。
(医療技術スタッフ)
- 日本腎臓学会編. 慢性腎臓病(CKD)診療ガイドライン2023
- 公益財団法人 日本透析医学会. わが国の慢性透析療法の現況(2022年12月31日現在).
- 一般社団法人 日本腎臓学会. 慢性腎臓病 生活・食事指導マニュアル ~栄養指導実践編~
- KDIGO-2024-CKD-Guideline