痛みのコントロールについて
痛みというものは誰しもが嫌だと思うものです。では、どうして人は痛みを感じるのでしょうか。どのようにして痛みを感じるのでしょうか。痛み止めはどうして効くのでしょうか。薬以外に痛みを止めるには、どのような方法があるのでしょうか。
この記事では、そんな痛みについての解説をしましょう。
- 第1章:なぜ痛みというものを感じるのか
- 第2章:痛みを感じる機序
- 第3章:痛みの分類
- ・ 体性痛
- ・ 内臓痛
- ・ 神経障害性疼痛
- 第4章:痛みに対する対処法
- ・ 体性痛に対する対処法
- ・ 内臓痛に対する対処法
- ・ 神経障害性疼痛に対する対処法
- 第5章:大きな外傷や手術の後の痛みのコントロール
- 第6章:痛みをコントロールするプロフェッショナル~ペインクリニック~
第1章:なぜ痛みというものを感じるのか
痛みというものは非常に不快な症状です。不快なだけでなく、体にとっても有害な反応です。しかし、痛みというものは非常に重要な感覚です。痛みを感じるという事は、体の中で何らかの異常が起こったというセンサーが働いたという事になります。
例えば、体に傷を負ったとすれば、その部分の修復をしなければなりません。しかしもし修復中に更に傷を負ったり、傷の場所を触ったり動かしたりすると、修復がなかなかうまくいかず、傷が治るのが遅くなってしまいます。そのため、その場所が傷ついているという事を知らせるために痛みを感じるようになっているのです。
内臓の痛みも、同じように体の異常を伝えるセンサーです。例えば食べ過ぎてお腹が痛いとき、胃や腸の中に大量に食物がたまることでパンパンになります。これ以上胃や腸にたくさんのものが入ってしまうと破れたり、腸が動けなくなってしまったりする可能性が出てきてしまいますから、痛みというセンサーを通して胃や腸に対してかなり負担がかかっているという事を知らせてくれます。
実は、ごく稀に痛みを全く感じない人が生まれてきます。痛みを感じる経路のどこかに異常が起こることで、触った感覚は分かるのに痛みや熱さを感じられない人です。このような人たちは、怪我をしてもそれに気づかず出血が続いてしまったり、傷口が化膿したり、傷が開いたりしてもなかなか気づきません。例えばストーブの前に座って「熱い!」と感じる感覚も無くなってしまっていますから、大やけどをしてしまうこともあります。一般に、このように痛みを感じることができない人の寿命は非常に短くなってしまいます。
このように、痛みは人間が生活をしていく上で非常に重要なセンサーになります。痛みがあるということは不快ですが、上手に付き合って行く事が重要です。
第2章:痛みを感じる機序
人の皮膚や筋肉、骨や内臓など、様々な場所に「痛み」を感じるセンサーがあります。例えば手や足の肌を想像してください。肌を触っただけでは“触っている”という事は分かりますが、痛みを感じませんし、少しポンポン、とたたいただけでも痛みを感じません。しかし、ある一定以上の強さで皮膚をたたくと、“痛い!”と感じるようになります。実は痛みを感じるセンサーは、触ったことを感じるセンサーとは別にあり、痛みを専門に感じるためのセンサーなのです。このセンサーは、触ったり動かしたりしただけであれば反応しないセンサーですが、ある一定以上の強い力を加えられると「痛い!」と感じるセンサーなのです。
このセンサーが痛みを感じると、痛みの情報は神経を通して脊髄へ伝えられます。そして痛みの情報は脊髄を通って脳へと伝えられます。これにより、人は「痛い!」と知る事ができるのです。
この痛みを感じるセンサーは「痛み」だけではなく、「熱さ」や「辛さ」といった感覚も感知するセンサーです。
さて、人の感覚の中でも痛みに特別なこととして、“脊髄反射”という反射があります。熱いものを触ったときに、「熱い!」と感じる前に手を引っ込めた経験は誰しもあると思います。これは、「熱い!」という情報が脊髄まで伝えられたときに、すぐにその周囲の筋肉を動かして、“手を引っ込めろ!”という命令を脊髄がだすのです。ですので、脳に「熱い!」という情報が伝えられる前にすぐに手を動かすので、「熱い!」と感じる前に手を引っ込めることができます。これが脊髄反射です。
このように、「痛み」はもちろん嫌なことではありますが、「痛み」があることは体にとって危険な事である事が多いです。そのため、触ったことを伝える感覚とは別の独立した感覚として存在しているのです。
第3章:痛みの分類
実は痛みは大きく分けて3種類に分けられます。体性痛、内臓痛、神経障害性疼痛という3種類です。それぞれどのような特徴があるのか説明しましょう。
体性痛
体性痛は、皮膚や筋肉、骨、内臓の膜などの痛みです。体性痛の特徴として、ズキン!とした痛みです。強い痛みをガツンと感じる痛みで、何もしなければだんだんと痛みが引いてきます。例えば皮膚をたたかれたり、筋肉を痛めたり、骨折したりしたときに起こってくる痛みです。
体性痛の特徴として、体が傷ついて痛みを感じると、その後はそれより弱い刺激でも痛みを感じるという特徴があります。擦り傷や切り傷を思い出してみてください。怪我をしたときはもちろん痛みを感じますが、痛みが治まった後傷口を触るとまた痛みを感じます。筋肉痛も安静にしていれば痛みはあまり感じませんが、また筋肉を動かすと痛みを感じます。なぜこのような事が起こるのでしょうか。
実はこの痛みは、体が怪我をしたところを治そうとする仕組みによって引き起こされます。体が怪我をしたところを治そうとするときには、血液の中の白血球などの細胞が集まってきて、炎症という反応を起こします。炎症が起こると傷を治す細胞が活性化され、傷がどんどんと修復されていきます。しかし一方で、炎症が起こった部分では腫れてきたり、熱を持ったり、赤みを帯びてきたりします。これが怪我をした周囲が赤く腫れて熱を持ってくる理由になります。
さて、この炎症が起こると、痛みのセンサーが変化を起こします。痛みのセンサーはある一定以上の力が加わると反応して、痛みを感じるというセンサーでした。実はこの痛みのセンサーは、近くで炎症が起こると変化し、より弱い力でも「痛い」と感じるようになるのです。多くの場合、触ったり動かしたりしただけでも痛みを感じるようになります。痛みのセンサーが感知する痛みで、炎症が関わる痛みというのが体性痛の特徴なのです。
内臓痛
内臓の痛みも、体性痛と同じようにセンサーが痛みを感知して起こる痛みです。しかし、そのセンサーは内臓の損傷を感じるセンサーではなく、内臓に何らかの異常が起こったことを鈍く感知するセンサーです。内臓が動きにくいとか、張っているとか、それぐらいの事を感じるセンサーになります。例えば、食べ過ぎの時にお腹が痛くなってくるのは、どのように感知して、「痛い」と感じるのでしょうか。食事を多くすると胃の中に食物がどんどんたまってきます。胃は蠕動運動をする事で胃の中のものを攪拌し、消化液と混ぜることで消化を進めます。ある程度消化ができれば腸へと消化物を流していきます。このとき、胃の中にものが詰め込まれすぎると胃がどんどん張ってきて、動きにくくなります。胃は頑張って蠕動して食物を消化しようとしますが、なかなか動けません。すると、胃は更に頑張って動こうとします。このとき、胃の中の圧がどんどん上昇し、これをセンサーが感知して痛いと伝えてくるのです。センサーが感知すると、体性痛と同じように神経が伝え、脊髄から脳へと情報が伝えられて痛みを感じます。しかしこの神経伝達はある程度曖昧な情報として伝えられ、またスピードも体性痛とはちがい、ゆっくりと伝えられます。
このように食べ過ぎのときの痛みを思い出してみてください。ある一定以上食べ過ぎるとだんだんとお腹が痛くなってきます。そして、痛みを感じた後、一度波が引いた後また痛みが出てくる・・・と言う事を繰り返した覚えはありませんか。これは、胃や腸の蠕動によって胃や腸の中の圧が上がったり下がったりすることによって、痛みが強くなったり弱くなったりするのを感じているのです。
このように内臓痛は、内臓が何らかの理由できちんと働けないことによって起こってくる痛みです。痛みはだんだんと起こってきて、波もあります。ここが痛い、といった痛みの場所もはっきり分かるわけではない痛みになります。
神経障害性疼痛
簡単に言うと、「ビリビリ」「ジンジン」する痛みです。正座をしたときに足がしびれる経験は誰しも感じた痛みだと思いますが、その痛みが神経障害性疼痛です。痛みを伝える神経そのものが損傷することによって感じる痛みです。怪我などで神経を傷つけてしまった際にも起こりますし、神経を長時間にわたって圧迫し続けた際にも起こります。
よくあるのは坐骨神経痛などの足のしびれです。腰が悪い人が、足のしびれを日常的に感じる神経痛です。これは、足の感覚を伝える神経が腰で圧迫されることで痛みを感じます。腰を動かしたり足を動かしたりして、神経が圧迫されている場所が動くと症状が軽くなったり重くなったりします。神経が受ける障害の度合いによって痛みの度合いが変わってきます。
神経障害性疼痛がやっかいなのは、神経が損傷されるときだけではなく、神経が損傷を受けたあと修復される際にも痛みを感じます。この修復は非常に長い時間がかかることもあります。また、修復の過程で神経がずれてしまうことで変に修復されてしまい、痛みがずっと続いてしまうことがあります。
第4章:痛みに対する対処法
痛みに対する対処法は、3種類の痛みそれぞれによって異なります。
体性痛に対する対処法
体性痛は炎症による痛みでした。ですから、炎症を抑えると痛みがよく抑えられます。具体的には、炎症によって局所に熱をもち、腫脹しているわけですから、熱を押さえるために冷却を行い、患部を挙上したり圧迫したりすることで血液がうっ滞しないようにします。
痛み止めの薬としては、炎症を抑える薬が痛み止めとしてよく使用されます。NSAIDs(エヌセイズとよく呼びます)という種類の薬剤は、非常に強力に炎症を押さえる作用を発揮するため痛み止めとしてよく使用されます。頭痛薬や関節痛のための痛み止めとして発売されている市販の痛み止めの多くはこのNSAIDsが配合されています。
内臓痛に対する対処法
内臓痛は、内臓の動きが傷害されることによる痛みでした。ですから、内臓痛を押さえる治療としては内臓の動きをコントロールしてやる治療がメインとなります。
よくお腹の痛みに対して個人で行う治療として、お腹を温める人が多いと思います。これは、暖めることで血流を良くし、腸が動きやすくすることによって痛みを引かせることが期待できます。体を動かすと血流が筋肉にとられてしまいますから、安静にすることも非常によい効果が得られます。
内臓痛は炎症の関わりはあまりありませんので、体性痛に使用していたNSAIDsのような炎症を抑える薬は効果があまり得られません。ですので、よく市販されている胃の痛みや腸の痛みに対する飲み薬は、胃や腸の動きをすこし弱めることで痛みを抑えたり、痛んだ粘膜を保護したりする薬になります。
内臓痛を直接押さえる薬剤としては、アセトアミノフェンという種類の薬剤や、医療用の麻薬が使用されます。アセトアミノフェンは一部の市販の鎮痛薬にも配合されています。子どもや妊婦でも使用できる安全性の高い薬です。麻薬は非常に強く痛みを抑えてくれます。特に麻薬は、痛みが強ければどんどん量を増やすことで痛みを抑える効果を強くする事ができる薬剤ですから、強い痛みに対してよく使用されます。しかし、副作用が多いので日常的には使用されにくいものです。
神経障害性疼痛に対する対処法
神経障害性疼痛は最もやっかいな痛みです。と言うのも、神経が損傷してしまうとずっと神経自体が刺激を受け取り続けるため、痛みが続いてしまいます。正座の後のようなしびれがずっと続くのです。痛みには炎症は関わっていませんから、炎症を抑える薬も効果がありませんし、損傷した神経が痛みを感じるのを抑える薬もありませんから、薬で痛みを抑えるのは非常に難しいのです。少なくとも市販の薬剤だけでは痛みを取り切ることは難しいでしょう。
ですので、神経障害性疼痛に対しては特殊な内服薬やてんかんの治療薬など、様々な薬剤が使用されます。神経が治りやすくするために、ビタミン剤の内服もよく行われます。また、薬だけではなくて様々な治療が行われます。神経ブロック療法という治療もその一種です。神経ブロック療法というのは、痛みを感じている神経の周りに麻酔の薬を注射することで、神経に一時的に麻酔をかけ、痛みを感じなくさせる治療です。この神経ブロック療法は1回だけだと局所麻酔薬の効果が切れてしまうとすぐに痛みが再燃してきてしまうのですが、何度も繰り返し行う事で、痛みがない状態を脳に覚え込ませ、神経の痛みを感じにくくすることができます。他にも神経刺激療法や硬膜外麻酔といった、神経障害性疼痛に対しては様々な治療が行われます。このあたりは非常に専門性が高いので、もしお困りでしたら痛みの専門家に相談することをお勧めします。
第5章:大きな外傷や手術のあとの痛みのコントロール
大きな外傷や手術の後では、体性痛や内臓痛の両方が出現します。神経障害性疼痛はあまりありませんが、外傷で神経損傷を起こした場合には起こってくるでしょう。それらの痛みを一つの薬剤や一つの手段で抑えようとすることはなかなか困難です。ほとんどの薬剤には、一定以上の量を投与しても効果がそれ以上得られない上限量というものがあります。また、大量に使用することで副作用が起こってくる薬剤もあります。
例えば、体性痛に効果があったNSAIDsという炎症を抑える薬は、確かに体性痛を押さえるのに非常に有効ですが、副作用で胃の粘膜が荒れたり腎臓の機能が落ちたりします。ですから胃潰瘍の持病がある人や高齢者には使用がしづらくなります。麻薬は大量に投与すると吐き気が起こったり、腸の動きが悪くなったり、更に多くなると呼吸が止まってしまう事もあります。
ですので、様々な種類の薬や鎮痛法を、同時に使用して組み合わせることで痛みをなるべく少なく、そして副作用をなるべく少なくするようにする工夫が行われています。
第6章:痛みをコントロールするプロフェッショナル~ペインクリニック~
ペインクリニックという言葉を聞いたことがあるでしょうか。ペインクリニックは、麻酔科から生まれた、痛みのコントロールを行うスペシャリストによる診療科です。
痛みは先ほど説明した体性痛、内臓痛、神経障害性疼痛に分類されますが、実際には非常に複雑に絡み合って痛みを感じている場合があります。特に痛みが長く続き、脳がその状態が普通だと認識してしまった場合、痛み止めを使っても痛みがなかなか引かなくなってしまいます。精神的に参ってしまい、それによって痛みを感じてしまうこともあるでしょう。
ペインクリニックの医師はそのような場合でも、様々な薬剤や手技を使用する事で痛みを抑えます。どのような痛みなのか、何が原因なのか、どれぐらいの痛みなのかなど、細かい情報を丁寧に聴取し、患者個人個人にあった治療法を提言、実施します。完全な痛みがない状態にできることはなかなかない難しい領域ですが、少しでも普通の生活ができるように工夫していくスペシャリストです。
もし痛みに困っている方がいれば、一度受診されることをお勧めします。
(あねふろ)