放射線検査を受けても大丈夫ですか

「少しでも放射線に被ばくすると身体に悪いことが起こるんじゃないか?」
と心配する方もいます。そもそも被ばくという言葉が何かおどろおどろしいイメージがありますよね。

私は放射線技師なので、毎日のように患者さんから被ばくに関する質問を受けてきました。
特に近年は、福島原発の事故などの影響で放射線検査に抵抗を感じる患者さんも増えているようです。

もちろん、原爆のような大量の放射線をあびることで「がん」「白内障」「不妊」などの健康障害が引き起こされることはありますが、放射線を利用した検査をすることで医学の進歩という「恩恵」を得られることも事実です。

具体的には

  • 体の不具合の原因や程度がわかる
  • 「悪い病気なのでは?」という不安を解消できる
  • 治療の評価を正確にできる
  • 適切に使用すれば病巣を治療することができる

といったメリットが挙げられます。

そうは言っても何度もレントゲンを撮ったりCTを撮ったりしている人は

「こんなに何度も検査を受けて大丈夫なのかな?」
と心配になりますよね。

そこで、この記事ではよく聞かれる質問をあげながら放射線検査の被ばくについて説明していきます。

放射線(X線)被ばくについて

被ばくすると、体内ではどのようなことが起こるの?
放射線はわずかなエネルギーを持っていて、人体を通過したときにそのエネルギーが体内に吸収されます。
すると、細胞のDNAが傷ついたり切断されたりする場合があります。
大量に被ばくした場合には、発がんや遺伝的影響も放射線によって引き起こされる場合も。

ただし、細胞が放射線によるダメージをうけても、自動的に身体に悪い影響をひきおこすわけではありません。

人間にはダメージを受けた細胞を回復する機能が備わっており、ICRP(国際放射線防護委員会)によると、少量の被ばく(100mSv以下)では身体への明らかな影響はあらわれないことがわかっています。

放射線は日常でもあびている

一人あたりがあびる自然放射線量(日本の年間平均)
(引用:日本原子力文化財団/原子力・エネルギー図面集)

実は日常的にあびている放射線。

おもに空気中や海藻、根菜などの食べ物に含まれているだけでなく、飛行機に乘ったときの宇宙からの放射線や花崗岩など岩石からの放射線もあびているのです。このように自然界から受ける放射線を「自然放射線」といいます。

土地の地形や土壌、食文化によって自然放射線の量は変化するので地域での差はありますが、日本の自然放射線による被ばくはおよそ年間2.1mSv。胸部レントゲンの被ばくがおよそ0.03mSvなのでおよそ70回分の放射線は自然にあびています。

「身体への影響は大丈夫?」

と思う方もいると思いますが、100mSv以下では健康障害は報告されておらず、放射線のダメージは日焼けと同じで細胞が自然に回復してくれる力があるため少量の被ばくであれば、それが原因で病気になる心配はありません。

検査であびる放射線の上限は決まってるの?
健康診断や治療など医療においてあびる放射線の線量には上限がありません。

上限をもうけてしまうと患者さんの治療に必要な検査を行えなかったり、治療の効果を正確に判断できなかったりと患者さんの不利益になってしまう場合があるからです。 ではどういう基準で放射線をあててているのでしょうか。

放射線検査は「正当化」と「最適化」の2本柱で成りたっている

わずかであれば身体への影響は心配することはない放射線検査ですが、より安全にそして患者さんにとって有益な検査にするために2つの大原則があります。

それが「正当化」と「最適化」です。

「正当化」とは、放射線検査による被ばくのリスクよりも検査によって得られる情報のメリットのほうが大きいこと。

例えば、レントゲンにくらべると被ばくが多いCTですが、その分小さな骨折やがんなどの病変を見つけられたり血管の走行を把握出来たりと得られる情報も多いうえに身体に悪影響を与える確率は限りなく低い。

このような場合は明らかに検査をするメリットの方が大きいため、検査が「正当化」できます。

また、検査に使用する放射線量は診断に必要な最小限の量にすることを「最適化」といいます。

ただ被ばくを避けるために放射線量を少なくしすぎてしまうと、かえって画像が見えにくくなってしまいます。これでは意味がないので診断するために十分な画質を保ちつつ必要以上の線量を患者さんにあてないようにすることが大切です。

どの検査でどのくらいの被ばく線量なら適正かという指標にもとづいて出来る限り被ばくが少なくなるように線量を「最適化」しています。

被ばくによる身体への影響をあらわす単位は「Sv」
放射線の被ばく量を知るうえでややこしいのが色々な単位があらわれることです。代表的な単位にはBq(ベクレル)、Gy(グレイ)、Sv(シーベルト)の3つがありますが、レントゲンやCT検査の被ばく線量はGy(グレイ)とSv(シーベルト)であらわされます。

それぞれあらわすものとしては

  • Gy(グレイ):放射線のエネルギーがどれだけ物質に吸収されたか(吸収線量)
  • Sv(シーベルト):放射線を浴びた時の人体への影響度(等価線量、実効線量)

です。放射線を雨にたとえると少しイメージがしやすくなります。

  • Gy(グレイ):雨が人に当たって濡れた量
  • Sv(シーベルト):雨で濡れたことによるダメージ
Gy(グレイ)とSv(シーベルト)

また、放射線そのものの強さすなわち「放射能」を表すときにはBq(ベクレル)を使います。これは1秒あたりの雨粒の数に例えられます。これは放射性同位元素などそれ自体が放射線を発するものを評価するときに使うのでレントゲンやCT検査では使用されません。

Gyであらわされる吸収線量(放射線のエネルギー)にX線、アルファ線、ベータ線など放射線の種類の違いを考慮した被ばく線量が「等価線量(Sv)」、さらにそれぞれの臓器のダメージの受けやすさも含めて計算した被ばく線量が「実効線量(Sv)」です。

ですので実際に身体がうける放射線のダメージを具体的に知りたいときは等価線量、実効線量(Sv)を参照しましょう。

グレイからシーベルトへの換算
(引用:https://www.env.go.jp/chemi/rhm/h28kisoshiryo/h28kiso-02-03-04.html

胸部レントゲンやCTの被ばく線量はどのくらい?

胸部レントゲンの実際の被ばく量(実効線量)は0.06mSvです。これは東京-ニューヨーク間の飛行機に乗ったときよりも少なく、1年を通して自然にあびる放射線の35分の1くらいの線量です。つまり、非常に少ない放射線量を使用しています。

これに対してCT検査の実効線量は撮影部位、検査目的、性別、年齢、機械などさまざまな要因によって多少変化しますが5~30mSv程度です。

放射線検査で「がん」になる可能性は限りなくゼロ

放射線検査を受けたことで「がん」になる可能性は限りなくゼロに近いと考えられています。 ICRPでは一般的な成人が1000mSv(診断で用いる放射線量よりはるかに多い値)全身被ばくしたとき死に至るようながんを発生する確率が5%高まるとしています。

これが比較的高線量をあびる腹部CTスキャンの場合、実効線量は約10mSvですが、この検査を全員が1回受けた集団の放射線による致死がんの生涯リスクは約0.05%、すなわち2000人に1例と理論上なります。

さらに、50mSv未満の少量の放射線ががんのリスクを向上させる統計学的に有意な根拠はまだ明らかになっていません。

そのうえ、先進国での致死がん自然発生率は約4人に1人であることを考慮すると放射線検査程度の被ばくでがんになったと考えるよりも喫煙や飲酒、加齢などその他の要因が影響していると考えるのが自然です。

したがって、「放射線検査を受けたことが明らかな原因でがんになることはない」と言えます。

放射線の検査はくりかえし受けても大丈夫

定期健診だったり病院を切り替えたとき、それに病気の経過観察をするときにはくりかえしレントゲン検査を撮影したことがある人もいると思います。

「一度あびた放射線がずっと身体に残るんじゃないか?」 と疑問に思う人もいると思いますがこれは誤りです。

放射線の影響は太陽の光をあびるのと同じで放射線そのものは身体には残りません。

放射線によって障害をうけた細胞は生まれ変わるので影響は残りません。

ただし、1回の線量はそんなに高くなくても繰り返し検査をするとがん発生率が増加する可能性があるので、医療現場では常に被ばく線量を減らすための工夫がされています。

具体的には

  • 1. 診断に必要な部位以外には放射線をあてないようにする(照射野をしぼる)
  • 2. 体格にあわせて必要以上の放射線をあてないようにする(撮影条件の検討)
  • 3. 生殖腺にできるだけ放射線があたらないようにする

などの工夫をして撮影をしています。

一度に複数の部位を撮影しても大丈夫

レントゲンやCTで手、足部、大腿、頭部、胸部など一度にたくさんの部位を検査しても基本的には身体への悪影響を心配する必要はありません。

放射線の影響は放射線をあびた部分のみ、すなわち検査をした部分のみに起こるので複数の部位を同時に検査しても分けて検査してもそれぞれの部位の被ばく線量は大きく変わりません。

放射線検査が原因で不妊になることはほぼない

不妊になる放射線量には「しきい値」があり、ある程度の放射線量までは被ばくをしてもその症状はあらわれません。そしてしきい値を超えると確率的影響と同様に被ばく線量の増大とともに影響の発生する確率が増加し、影響も重篤化します。

しかし、不妊についても発がんと同様に通常病院で受けるようなレントゲンやCT検査程度ではしきい値を超えることはほぼありえないため、生殖腺に放射線が受けても子供ができにくくなるということはありません。

まれに、放射線検査後に不妊と診断されたり流産した人の中には放射線をあびたことが原因だと勘違いしてしまう人もいますが

  • そもそも妊娠を希望する夫婦の1割が不妊であるということ
  • 初期の自然流産率は15%程度

だということを理解しておくことで放射線への過剰な心配を減らすことができます。

まとめ

以上、放射線の安全性について被ばくに関する疑問に沿ってまとめました。

放射線による被ばくの身体への影響はまったくないとはいえません。しかし、検査で使用される程度の線量であればそのリスクは限りなく低いです。しかも、レントゲンやCT検査など本来気づかなかった病気を見つけられたり、抗がん剤の効果判定が正確に評価出来たりと質の高い医療を受けるためには欠かせません。

漠然と不安に思って放射線検査を拒否してしまわずに、検査を受けることで大きなメリットがあるということを理解しておくことが大切です。

病院で不安なことがあれば担当の医師や放射線技師に遠慮せずに聞いてみてくださいね。

(田中 葵)

参考サイト:ICRP勧告(日本版)
https://www.jrias.or.jp/books/cat/sub1-01/101-14.html ]